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反省して後悔しない

後悔というのは多分、過去の自分に対してああすれば良かっただとかこうすれば良かっただとかを云々することだと思うけれども、悔やむ気持ちを持ち続けることが有意義だと思わないし、自分はある程度の年齢になってからは後悔しないようになった。かなりストレートに意味をとって「後で悔しい思い」というのがないわけではないけれども、どちらかと言えば「失敗したな」と思う。
言葉の定義の問題かもしれないけれども、反省は大いにする。やはり、このように行動したほうが良かったと後で気づく失敗はいくらでもあるし、失敗でないにしてもよりベストな選択も可能だったと反芻することはある。違いは行動すべき時が過去なのか未来なのか。過去のその時点で行動できていれば良かった、と思うのではなくて、これからはそのように行動しよう、と思う。そこが、自分の解釈する後悔と反省の違い。
「なぜ自分があのようなことをしたのかわからない」というケースもあるけれども、それは改善策が思いついていない状態。わかっていればわかるように行動するので。年を重ねるにつれて成長できればと考えるところ。
確かに時間はいつでも平等ではないと思う。そのときにしかできないことというのもあると思う。けれども、「あのとき勉強しておけばよかった」などと思うことは、未来の自分が今の自分に「勉強しろ」と命令していることと同義。結局、他人に厳しく己に甘いだけではないか。そうではなくて、やるべきは過去の自分ではなく今の自分なのだ、と思うことが大切だと思う。
過去でなければできないことの実体験だと自分には絶対音感がない。ピアノを始めたのが小学校2年生のときだったからだろう。楽器をやる人間としてはチューニングが正確にわかることは素敵な能力だと思うことがたまにある。そういう意味で、なぜもっと早期に音感が身に付く努力をしなかったのか、と後悔することは可能ではあるけれども、とてもできない。楽器が面白いと思ったのは随分と後のことで、ピアノを習っている当時は、みんなが夕方まで野球やサッカーをしているのが羨ましくてとてもつらい時間だったのだ。仮にそれが運命に大きな影響を及ぼしたとしても、過去の自分に無茶を言ってはいけない。できなかったから、できなかっただけなのだと思う。
反省して後悔しない。多分、中学生か高校生くらいのときから、そういう考え方になっていた気がする。