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ドラゴンクエストXを支える技術を読んだ ~ 中の人しか知り得ない貴重な記録

発売されることを知って予約注文していた本。読み終えたので感想文。先に一言で結論を書くと素晴らしい本だった。

この本の良いところ

この本が素晴らしいのはゲーム開発の実録になっていること。一般的な技術解説本の場合、著者が経験してきたことの集大成になることが多い。つまり色々なプロジェクトを経験した上でこれが最も良かったと思う内容がピックアップされる。効率よく学習したい読者にとっても普通はそのほうが良い。

しかし、この本では「ドラゴンクエストXで何をしたのか」しか書いていない。もちろんお手本になるものが中心ではあるけれど、失敗したこと、そしてそれがどのような大規模障害に繋がったのかが解説されている。

これはすごいことで、著者は自分(達)の失敗を明らかにするような本を書きたくないし、失敗する方法よりも成功する方法を伝えたいものだから。でも、この本には失敗談がたくさん盛り込まれている。失敗談をたくさん記述してくださった著者に敬意を表して失敗談の有用性について少しだけ書きたい。

失敗経験がないと良い方法を蔑ろにする

本(に限らないけれど)に書いてあった良い方法を学んで実践する。通常はこれで良い。けれども、悪いものを知らないとそれがどれだけ良いのかわからない。良さの程度がわからないと良い方法を蔑ろにする。

「こうした方が良いのだろうけど今回はその場凌ぎの対応をしておこう」というのは現場で頻繁にある。時間が限られているので仕方がないところもあるけれど、悪いものを知らないと「その場凌ぎであっても選択してはならない重大な欠陥がある方法」をあっさりやってしまったりする。

悪い方法について知らないからというのもあるけれど、何より失敗経験がないとその悪さを重大なものとして認識しにくい。

実際に失敗した人は違う。この悪い方法を選択したばかりに開発/運営チームは数日対応に追われお客様から大量の叱咤を受けたという経験から、時間がなくてもその方法を選択してはいけない、時間がないならリリースを延期してでも違う方法にしないとダメ、と言えるようになる。

こういった判断力を培うには普通は自分で失敗するしかないのだけど、この本はなんとその失敗経験をたったの2680円+税で提供しているのだから値千金ということ。しかも実際にドラゴンクエストXにどのような影響を与えたのかが常に記載されており社外の人間が読んでも臨場感のある内容になっている。

広範囲な内容

目次を見るとものすごい広範囲な内容になっていて、これだけ読めばオンラインゲームの全貌が掴めそうな感じ。とはいえ実際のところは次の点が中心だったように感じる。

  • ゲームサーバーのプロセス設計やDBの使い方
  • 制約に対するアプローチ(メモリが足りない、アクセスが多くて高負荷など)

ページ数だけでみると他の章も結構紙面を割いているのだけど、開発体制やプログラミング言語に関するところ、グラフィックに関するところは基本的な内容が多いように感じた。

あまり公開されないチート対策についても記述されているので必見。

読み手を選ばない配慮の行き届いた文章

この本はドラゴンクエストXについてしか書いていないので当然ゲームとしてのドラゴンクエストXを知らないと理解しにくい部分があるのだけど心配無用でゲーム仕様どころか次のような解説からスタートしている。

RPGは、役割(Role)を演じる(Playing)ゲーム(Game)のことです。

p3より

また専門用語は使われているものの専門用語の使い始めに説明を記していることが多い。「フラグ」のような開発者でなくても知っていそうな言葉でも解説が入っている。

期待外れにならないように

この本では大体のことが方法論までしか触れておらず実装説明はあまりないので各部門の専門の人が読んだ際には物足りない感じはあるかもしれない。企業秘密的な側面もあるだろうし幅広い読者層を意識してのことだと思う。

プログラミング視点だとウルティマ開発者のこの本が具体的でかつ実践的だった。

ゲームコーディング・コンプリート 一流になるためのゲームプログラミング (Professional game programming)

ゲームコーディング・コンプリート 一流になるためのゲームプログラミング (Professional game programming)

オンラインゲーム設計視点だとやはりこの本を外せない(「ドラゴンクエストXを支える技術」の中でも言及がある)。

オンラインゲームを支える技術  ??壮大なプレイ空間の舞台裏 (WEB+DB PRESS plus)

オンラインゲームを支える技術  ??壮大なプレイ空間の舞台裏 (WEB+DB PRESS plus)

とはいっても各専門の人が読んでも期待外れに思うことはないと思う。なぜならこの著者ほどオンラインゲームの全体を把握し責任を持つ立場になっている人は日本にそれほどいないだろうから。

読み終えて思ったこと

買いましょう。読みましょう。良い本です。好きな呪文はベホマラーです。嫌いな呪文はマホトラです。